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DIAMOND☆DOGSを見つめる日々の雑記帳

ALTAR BOYZ 2017 終幕

D☆D 雑記

ALTAR BOYZ 2017 品川ステラボールにて無事大千秋楽を迎えました。

 

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「これが最後だ」なんて感じることもなく、いつも通り、にちょっとお祭り入ったスペシャルなALTAR BOYZ公演として観ている自分がいました。

挨拶と終演後に泣いたけれども、それでもやっぱり東京楽の方が泣いた。引くほど泣いた。

 

でも想像以上にロスにならなくてですね(笑)

”最終章”と銘打たれた3回目、そして森ルークが合流した4回目で私は本気を出し切っていたんですね~。そりゃそうだよね、行けるだけ行ったんだもん。FACEのドリンクチケット持て余すほど通ってたもん。

だから、今回の2017自体が私にとってはアンコール、オマケのようなものだったんですよね。ご褒美、みたいな。

 だから、涙は出たけど寂しさの涙じゃなくて。

「ありがとう」と「お疲れ様でした」の気持ちが強いと言うか…。

 

自分にとって大きな変化となったALTAR BOYZとALTAR GIRLZであった7年間。

私もここで終止符を打ちたいので、ちょっと長々語ります。

 

 Matthew

リーダー自身5度目、私にとっては4度目となる今回のLegacyマシュー。

過去3回の公演ではチームのリーダーとしての印象・魅力が強かったけれど、個人的に今回のマシューは、ただ普通の1人のマシューという男の子に見えました。

賛美歌918番で怖がるマークを宥めた後も肩を抱いているのは、マシュー自身も不安や恐れを感じているからなんだなと思えたし、自らの裏切りを告げるときに思わずジャケットの裾を握りしめている姿はすごく小さく見えて痛ましかった。

でもおかげで今回ようやくマシューの心が見えた気がしました。

リーダーシップがあって愛情深いクリスチャンの男の子、そんなマシューに改めて出会えた気がします。

懐古厨ですいません。

合同公演。

これまでの公演で好きだった「マシューと申します、フアンと申します、2人合わせて〜」や「DIAMOND☆DOGSとPaniCrew〜」、磔ファンクのSMネタなど懐かしの小ネタが復活したりして…嬉しかったのは勿論、ばかみたいな事言うけど、キャストがそういうネタちゃんと覚えててくれたんだってことに感動した。

時々あるじゃない?忘れられない出来事やアクシデント、ハプニング、思い入れにキャストと観客で齟齬があること。

勿論、今回のことで言えば散々やってきたことだし、とっさのアドリブでも無いんだから覚えていても当然なんだけど、なんか…そういうことに期待するのを諦めていたので。

アフタートークでMCをしていた新吾くんも言っていたけど、過去の公演を振り返るときに初演は思い出深く残っているし、前回の公演は記憶に新しいけれど、その間の2回目・3回目はどうしても話に登りづらくなる。

今回のトークや挨拶もそうだったよね。

それは悪いことではないけれど、いま同じ板の上に立っている中で新吾くんだけはその1回目にいなかったんだよ、と。

再演の頃のOrangeがいた頃のこと、何か出てこないかなってそう思ってちょっと悲しくなってしまったんだよね…勝手な話だけど。

だからパンフレットの座談会で豪くんがOrangeのルークの印象を話してくれていてすごく嬉しかったなぁ。

 

夢物語でもしましょうか

一つの時代が終わりました。そして新たな歴史が始まりました。

正直Goldの5人全員が再び、というのは夢物語だと思ってる。

だって今までに同じメンバーが揃ったチームは1つもないから。

それに、次にALTAR BOYZが来日するときには「あの子はもう出てくれないよね」って惜しめるようになっていてほしい。

出られなかった子が「自分ももう一回出たかった」と悔やんでくれるコンテンツであり続けてほしい。

今回私はALTAR GIRLZであり続けられなかったけれど、それでもALTAR BOYZを愛してる。

 

Legacy5人の素敵な所…空気感、距離感、表現方法、感情、アイコンタクト、触れ方から感じるもの。

家族愛、友愛、情愛…まさにその関係性を言い表すのであれば家族なんだけれど、それぞれを繋いでいるのは…と考えて、そうか、彼らは愛でつながってるんだ、と思い至りまして。

でも、そもそも愛って何よ? ハイ、調べました(笑)

古代ギリシアキリスト教での愛

キリスト教において最大のテーマとなっている愛と言えば、まずなによりもアガペーである。 そのアガペーとはいかなるものなのか、その特質を説明するにあたって、キリスト教関連の書物や西欧文化圏の書物では、あえて4種類の感情(すでに古代ギリシア時代から考えられていた4種類の"愛"、いずれもギリシア語表現。)について説明していることが多い。それらは以下のとおり。

 

歌詞にも台詞にもあるように彼らは愛の言葉=神の言葉を伝えてくれているんだけど、確かに彼らは私たちに愛を教えてくれたと同時に、彼らこそが愛だったんだなぁと思うとすごく納得がいきました。

ちなみに、Legacyのマサマークに関して言えば、私はマシューへの想いは恋じゃなくて愛だと解釈してます。

初恋はマシューだし、そういう意味で彼を確かに好きでいたと思うけど、今はきっとマシューとどうこうなろうとか無いと思う。なんだったら別にいい人今いるんじゃないかなって思ってる(宗教上は許されていないけれども)

マシューはそういう意味でマークを見ることは決して無いから、そうでもなければ一緒にこんなに長いこと世界ツアーなんて苦しくてやっていられないだろうし。だから、あくまでも8年の歴史があるLegacyマークの場合の話ね。

マサさん自身もブログで書いていたし、挨拶でも言っていた初演の時の話。

私は又聞きとか当時の別現場でのマサさんの発言とかでしか知らないけれど、そういった想いがマークの受け入れられない真実を受け止めた今の姿にシンクロできているのならば、少しは良かったんじゃないかなと…。

勿論当時その発言を聞いた方々はショックや怒りもあっただろうけど、それでもそのまま二度と演じてもらえない、もしくはナアナアで帰ってこられるよりはずっと良かったのかなと、そう思います。

Legacyマークはきっとグループ、バンドみんなのこと大切で愛してる。だってあんなに愛情深いマシューを好きでずっと一緒にいるんだもん、マークがそうならないわけがない。

ただ、その中でもやっぱりマシューは特別な想いがあるだけ。だからアブちゃんとの間に割り込んだり、エンジェルに茶々入れるのも最早パフォーマンスの一つ、くらいに思ってるかな、っていうのが私なりの解釈。

 

 

で、愛について調べていたらもう一つ見つかりました。

今回の公演始まってから、私がずっと考えていたこと。

オフ・ブロードウェイでは笑いが起きるEPIPHANYI BELIEVEでなぜ日本ではこんなに泣けるのか

前述のキリスト教における愛についての記載があった同じページの上にこうありました。

日本の古語においては、「かなし」という音に「愛」の文字を当て、「愛(かな)し」とも書き、相手をいとおしい、かわいい、と思う気持ち、守りたい思いを抱くさま、を意味した。

Wikipediaより)

 古来から日本における愛の根本が”愛し”なのであれば、日本人が愛を伝え愛を受け取るときにそれが”愛し”という気持ちになるのはおかしくないよね。

ついでに”愛し”で古語を調べると、読みと意味がいっぱい出てくるんだけど

kobun.weblio.jp

中でも私が納得したのはこれ。

kobun.weblio.jp

愛し(めぐし)― 切ないほどかわいい。いとおしい。 

 

日本人として日本で育っていると「人と違うこと」が幸せでないと感じる瞬間って少なからずあると思うんだよね。

まわりと違うことは異端であり、よくないことであり、そしてそれがいかに孤独であるか。弾かれるか。疎外されるか。実経験はなくとも、きっと知っている人は多いはず。

だからこそ、はみだしっ子の彼らに同情、共感しやすいんだと思うんです。そんな痛みのある彼らが切ないほどかわいい。いとおしい。

「同情」ってあまり良くない言葉に捉えられがちだけど、「他人の身の上になって、その感情をともにすること。特に他人の不幸や苦悩を、自分のことのように思いやっていたわること」なんですって。

私には宗教のことも人種による生まれながらの差別も全てを知ることは出来ません。

神様も仏様も崇めるもの!お経とかわかんない!聖書読んだこと無い!でもクリスマスは大イベントだし、初詣で神様にお願い事する、そんな日本人です。

肌色ってこの色でしょ?Yellow?そうだね。え?侮蔑された?そんなもんです。

きっとそれは良くも悪くも日本人のマジョリティ。

でもそんな日本人の根っこに愛と同情心があるのならそう悪いことでもないし、だからこそ、この日本版ALTAR BOYZが出来上がったんだと、それを答えとすることにしました。

 

みんながみんなそうだとは言わないし、言えないけれど。

少なくとも私が泣けるのは、きっとこれらの理由が私自身の根っこにあるからだ。

 

愛の言葉を

愛おしむように頭を掻き抱いて額を合わせるマシューが好きでした。

「あの日だよ 僕がいつか必ず…」でタメを作ってくれるようになったマークの間の取り方、それに合わせて「んー?」って体を前傾させて話を待ってるマシューのお芝居が好きでした。

兄弟のようにじゃれ合うようになったアブちゃんとルークの関係性が好きでした。

間違いなく創世記の脚本を書いたのは彼であろう、ユーモアに溢れ、メンバーの個性をよく理解し、上手に乗っかったつもりで一人にされるアブラハムが好きでした。

ホテルでテレビ見すぎてるルークが好きでした。

フアンの「家族ってことや」今までと全く違う台詞に聞こえて驚きました。

どんなハプニングもアクシデントも上手に回収して、時にはネタにして、乗っかって、そうして後半きっちり締めてくる、5人ならではのテクニックが好きでした。

5回目にして新たな役に出逢わせてくれたこと、驚きと感謝でいっぱいです。

53回一度も飽きることなく、毎回新鮮で、毎回笑って、毎回涙して、時々”前ここで失敗したよな”なんて頭をよぎったりして…本当に本当に楽しかった。幸せだった。

 

東京楽の「I BELIEVE」を私はきっと一生忘れない。

 

まだここにいたい

でも終わりの時間

みんなありがとう

本当 ありがとう